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「季節の変わり目は要注意」「7年前に出会ったある生き方」

 

「季節の変わり目は要注意」「7年前に出会ったある生き方」

こんにちは

 

50代からのカッコいいカラダ、

 

動ける体作りのパーソナルトレーナー林です。

 

花粉症になられる方が私の周りで増えています。

ストレスや免疫力の低下で、今までは大丈夫だったのに

急に花粉症になってしまうこともあるので、

季節の変わり目や温度差のある時期は、しっかり休養と栄養をとり、

無理をしないようにしましょう

 

私は湿気に弱く、

急に湿度が上がるこの時期や、梅雨時は要注意な時期です。

女性に限らず、低気圧や高温多湿に弱い方は多いです。

そう行った天候や気圧により不調が現れることを天気痛と言います。

偏頭痛や微熱、吐き気、など症状が現れる天気痛だとわかりやすくていいですが

「なんとなくだるい」「のぼせてる」「寝不足」

などは自覚症状がないので注意が必要です。

 

いつもとちょっと違うな〜変だな〜

という感じがしたら、

軽い運動、ストレッチや体操など

汗を流したり、気分転換やリラックス、

メリハリをつけることで自律神経を整えることを心がけましょう

 

 

 

すっかり東京はあったかくなりましたが、

7年前の今頃も春直近の季節でした。

 

震災からもう7年経ちましたね。

 

今年の3月11日は前回ブログに書いた「ボブという名の猫」を見てました。

 

7年前はちょうど映画「母の記」という撮影現場でインターンをしていて、

帰ってきた翌日、imacが起動せず壊れたようで買い替えにアップルストアに行き、

自宅(当時は池袋のマンション)についた途端に地震でした。

 

そう、インターネット接続がその時なかったんですよ。

テレビは普段からあまり見ないため、当時は持っていなかったんです。

ケータイは繋がらないし、状況がしばらくわからなくて、

マンションはものすごい揺れて、本当に怖かったです。

ビルの前の道路には10センチほどの長い亀裂が入っていました。

 

その後の数日間は私の周りはパニックでした。

 

外国人やハーフの知人、友人はチェルノブイリの恐怖を知っているからか、

パニックでみんな国外に避難しました。

 

フランス人の友人は避難勧告が国から出て特別な航空便で国外へ。

「セラもどっか行ったほうがいいよ」と心配して国際電話までくれる人もいました。

 

私はというと、

海外のニュースの煽りにダメージを受けつつも、

日本人だし、何かあったとして、どこに逃げれるというんだ、、、

父も母もいるし、国外へ避難して、万が一本当に何かあったとして

住む家もなくなったらそれはそれでどうしたものだろう、、、

 

という複雑な気持ちでした。

 

仕事柄、当時はインターナショナルな人たちが周りに多かったため、

身近にいた人が「違う国の人」だったことに気づかされた瞬間でもあり

 

海外のメディアと国内のメディアの反応の違いや、

海外メディアの無責任な煽りにも驚かされ、

震災は私の中で自分のアイデンティティを問われた出来事でした。

 

 

一方でテレビから流れて来るのは

東北の厳しい状況

 

目を引いたのは

自分と同じ年頃の若い世代の活動や

勇気、

まっすぐな生き方でした。

 

自分はなんて情けないのだろうと思いました。

 

その後は私も東北へ行き、ボランティアに参加しました。

私が行ったのは

陸前高田周辺の仮設トイレの掃除、

除菌や衛生面での掃除などです。

 

高台から見下ろした家と車と瓦礫の残骸、

船が座礁している光景は

とても恐ろしかったです。

 

当時撮影した写真

 

海辺では涙を流す人も、、、当時の市長さんに会いました

 

 

 

 

今の仕事をしているのは

 

震災がとても大きなきっかけになっています。

 

 

当時はアートや映像分野で活躍が実り始めた頃でした。

運動習慣がなく、体が不調だったので

 

トレーニングを始め、みるみる元気になっていったのですが、

 

トレーナーになろうとは思っていませんでした。

 

自分のことばかり考えていたと思います。

 

トレーニングに出会う前、私は根性なしだったので、

自分を肯定する言い訳探しに

海外をことあるごとにフラフラしていて、

震災があったその年は中国からヨーロッパまで長距離バックパックをしようと計画していたんです。

 

震災があってから、

「そんなことしてていいのかな」

「もっと将来やるべきことのためにいまを生きよう」

と思い直し、バックパック計画をやめ、

その年は初夏に東南アジアに数週間だけ行きました。

「私には何ができるんだろう」

東南アジアではずっとそればっかり頭から離れませんでした。

 

アジアの子供達は逞しく、

私にお金をせびってきます。

もらえるとわかると可愛い笑顔

もらえないとわかると怒り出す

「逞しいなあ、、、」

私は自分が人生に受け身なって行きているんだな

と改めて感じました。

 

「できること、やろう」

 

そうして帰った日本で、

自分を導いてくれた

 

あるトレーナーと出会いました

 

奇遇にもその人は被災地出身でした。

 

今でもずっと尊敬している方なんですが、

 

その人の影響を大き受けて

 

トレーナーを志すようになりました。

 

 

頑張ってきた全部を捨てて、

 

一歩踏み出すのはとても勇気が入り

 

ゼロというよりマイナスからのスタートでしたが

 

自分がトレーニングによって

 

心身を健康になったことを

 

他のだれかにも役立てられないだろうか

 

「誰かの役に立つ仕事をしたい」

 

「健康で幸せ」関わった人がそう思ってくれるような仕事がしたい

そう決意するきっかけになった出来事でした。

 

 

そして専門分野の勉強やトレーニングに打ち込むようになります。

 

 

一歩踏み出す勇気をくれたのが

 

3月11日からの

復興の道のり

 

私は頑張ってる東北に力をもらったと

思います。

 

 

震災が気がつかせてくれた

当たり前の 健康で、平和な毎日の尊さ

 

 

大事なことを教えてくれました。

 

 

私も負けないように頑張ります。

 

東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げます

そして被災された皆さまに心よりお見舞い申し上げます。

 

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